「DEATH NOTE」所感少年ジャンプ2006_No.3-2006_No.25

ジャンプNo.24にて話題作「DEATH NOTE」が完結。多くのファンを獲得した人気作であったと思う。
DEATH NOTE 11 (11)DEATH NOTE 11 (11)
大場 つぐみ 小畑 健

集英社 2006-05-02
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当ブログでは以前に「DEATH NOTE」で私的ランキングを考える。という記事を書いたのだが、そのときの思いは変わらず、最後まであまり好きな作品とは言えなかった
しかし、「DEATH NOTE」は人気を博していたと思うし、映画化やアニメ化やノベライズ化も決まり、一大ブームといえる現象を起こしている。だから、好きになれなかった自分の方が世間的にいえば、異端であるということは十分承知している。
その上で、なぜこの作品に自分ははまれなかったのかを最終回を機に考えてみたいと思う。

【メインキャラ夜神月への険悪感】
当初、夜神月という若者は、「DEATH NOTE」という凶器を利用して、この世の悪を裁き、その裁かれる恐怖心によってこの世の悪を抑制しようと考えていた。
毎日、ニュースを見れば理不尽な犯罪が溢れる昨今。俺も犯人に憤慨し、裁判を設けず死刑にしていいのではないかとさえ思うことだってある。それに俺は「死刑」は必要と考える側の人間である。人はその罪と等価の罰を受けるべきであり、人を殺めたものは殺められても文句は言えないと考える。死刑という罰への恐怖が犯罪を抑圧しているのも事実であろう。
つまり、夜神月が当初考えたことはある意味共感できる部分がある。
ただ共感できない点もある。
1つは、月の下す裁きが己のみの独断で行われていること。いくら優秀な人間であっても犯罪の背後にある全ての真実を把握することは不可能であり、ましてニュースの報道だけで命を奪うというのはあまりにも短絡である。
もう1つは犯罪者に後悔させることなく裁きを完了させること。現実では裁判という場で己の犯した罪を白日の元にさらされ、悔恨の念を抱かせることができるし、それを抱くことができない人間に対しても、反論の場を与え、当然ながら自己中心的なその考えが認められないジレンマを味あわせることが可能なはずであるが、この「DEATH NOTE」の裁きはそれを感じることなく完了してしまうのである。
とはいえ、当初の月の行動は多少なりとも理解できる面もあったのだが、その後の暴走ぶりは書くまでもなく酷いものであった。自分を追うものを始末するためには家族、友人、同僚でさえ犠牲にするし、そのことへの痛みを感じない。このあまりにも人間味を失ったメインキャラクターに途中からかなりの険悪感を覚えた。
父・夜神総一朗は強い正義感を持った人物であった。この人物に育てられたはずの月が、その父の死に際にでさえ自分のことのみしか考えられなかったことには、父親としてかなりショックを受けたし、かなりの険悪感を持った。
月の行動や考えた方は、俺にとっては報道で知る某宗教団体の教祖そのものであり、作品を通して登場するこのメインキャラクターへの険悪感は非常に募っていった。

(この月への険悪感が作者の意図するものであり、物語の中の巨悪として月を定義しているのであれば、俺のこの険悪感はかなり作者側の思惑通りといえるのであろう。)

【対抗する正義の物足りなさ】
マンガにおいてある意味必要な絶対悪これ以上ないキャラクターとなったのだが、この巨悪に対する絶対的な正義の存在感の弱さが非常に物足りなかった。
かって読んできたジャンプのヒーロー達、星矢やケンシロウ、悟空のように悪を正面からねじ伏せてきた主人公達。
俺の悪への険悪感はこれらのヒーローがいつも吹き飛ばしてくれた。
青臭いようだが、幼少のみぎりにこうした絶対的な「正義」をマンガから学んだことは俺にとって貴重なことだったと思う。悪の末路を知ることで悪に対する険悪感は培われたし、なにより「正義」はどこまでも格好よかった。
夜神月に対抗する正義はやっぱりLやニア、それに相澤や松田、SPK達であろうが俺にとっては険悪感を吹き飛ばしてくれるヒーローはいなかった。
最終的に、正義の一団は、月を追い詰めたものの、彼に罪への後悔の念を抱かせることもなく絶命させたのはどうにも消化不良であった。

(もっとも、この世のものでない「DEATH NOTE」に普通の人間が対抗しようというのだからこのアンバランスはしょうがないのかもしれない。)

【作品のテーマとは?】
作品を読めば読むほど、思いいれのある正義のキャラもおらず、月への険悪感はますます大きくなっていった。
では、この「DEATH NOTE」という作品のメッセージというかテーマはなんだったのだろうということをずっと考えていた。少年ジャンプは少年だけのものではないが、少年に向けたマンガ誌である。作者は少年に向けて何を伝えたかったのだろう。
月という悪を反面教師として「悪の卑劣さ、愚かしさ」を説いていたのだろうか?
何人かの「DEATH NOTE」ファンに作品のテーマを問いかけたことがある。
「推理戦が面白いでいいじゃないっすか」
「エンターテーメント性が高いのがいいんだよ」
という意見が多かった。
そのとき、「ああ、だから俺はこの作品が好きになれなかったのか」と納得した。
俺は、いわゆる推理モノといわれるマンガが苦手である。
「名探偵コナン」しかり、「金田一少年の事件簿」しかりである。これらの作品が苦手なのは人の死の軽いところ。劇中で人が次々に死んでいくのに、主人公はえてして謎解きに夢中である。これらの主人公に正義はあるのだろうが人の命への係わり方が希薄に思えてしょうがない。
「DEATH NOTE」は、絵も美しく、ストーリーもどこかスタイリッシュでお洒落。一見スマートな作品ではあるが、こと人の命への向き合い方の軽さが目に余った。
少年のためのマンガ誌であるジャンプにおいてなにも道徳的であれとか下品とかそういうことを問題だとは思わないが、少年誌でストーリーマンガを描くのであればなにか少年に向けたメッセージ性が欲しいなあと思うのだ。

(36歳、2児の父親が少年ジャンプを読んでるからどこか説教くさくなってるのは自分でも十分承知してます。)

【最後に】
なんかもっとうまく自分がこの作品を好きになれなかった理由を書きたかったんだけどうまくまとまらなかった。
この作品がヤングジャンプあたりに載っていたらもっと素直に楽しめたのかもしれないが、俺にとっての少年ジャンプは、「友情」だったり「正義」だったり「勝利」だったり少年にとっては体温もあがるような熱いものがいっぱいの雑誌なんだよね。そういう意味でこの「DEATH NOTE」はどこまでもクールでだからこそ冷え冷えしたものを感じてしょうがなかった。
かって桂正和先生の「ウイングマン」というマンガがあった。作中、主人公・広野健太少年が拾ったのは「ドリムノート」。そこに描いたことは現実となる。健太が描いたのは憧れていたヒーロー。そのノートで少年は正義の味方になる。
俺は少年ジャンプには「DEATH NOTE」じゃなくて「ドリムノート」こそふさわしいって思うんだよね。
いやがおうでも目にする社会の醜さや矛盾を見る前に「正義」や「夢」を思う存分見る時期があってもいいんじゃないかって思う。
長々と書いたが、昭和からジャンプを読んでるおっさんが平成のジャンプを理解できなくなってきてるし、頭が固くなってきてるのかもしれない。
ただ各方面で絶賛を受けている作品だけど、こんなことを考えた読者もいたってことを書いておいた。

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◆投資額 From 2004/06/16
少年ジャンプ(2006_No.3-2006_No.25) 4,660円
累計 245,200円

今回の少年ジャンプ私的ランキング(20 weeks)
Rank  Point   Title
1      79   BLEACH
2      49   銀魂
3      45   ONE PIECE
4      44   アイシールド21
5      36   ムヒョとロージーの魔法律相談事務所

累計少年ジャンプ私的ランキング
RANK TITLE AUTHOR POINT WEEK P/W
1 BLEACH 久保帯人 373 90 4.14
2 ONE PIECE 尾田栄一郎 296 86 3.44
3 アイシールド21 稲垣理一郎/村田雄介 209 92 2.27
4 銀魂 空知英秋 178 911.96
5 NARUTO 岸本斉史 135 87 1.55

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コメント

本題とは関係なくて申し訳ないのですが、死刑よりも長い懲役の方がふさわしい場合もあると思います。長いといっても日本の20年とかではなく、アメリカなんかで実施されている500年とかになる様なヤツで。
実際複数の人間を殺した犯人を一回殺した所でつりあわない訳ですし。一回で楽にしてやるより、一生後悔と課役で苦しめてやるのが良いと思います。
>俺は少年ジャンプには「DEATH NOTE」じゃなくて「ドリムノート」〜
同意です。
ドリムノートは夢があってよいですわ。自分の子供には、デスノートよりドリムノートを欲しがる子供になってほしいです。まぁ、子供が出来る予定は無いのですが。
遺族の気持ちを考えると、いくら辛くても犯人が生きているっていうこと自体が苦痛ってのもないですかねぇ。
そういう意味で、遺族が犯人の死刑か終身刑を望めばいいと思うのですが無理でしょなぁ。
このマンガは今のジャンプの主人公に対するアンチテーゼかもですね。
バトルマンガばっかなくせして、主人公が相手を殺すことはタブーみたいですし。
そういう意味じゃ、容赦なく殺していくのはオレ的にはありでした。
教育的にどうこうは別として。
一応主人公が勝利して終わったわけじゃないからいいんじゃないです?
まず、ジャンプで「ピカレスク」をきっちり終わらせたということは評価に値すると思う。
それは、最終回できっちり、末路が描かれていたことでさらに評価したいと思う。
で、俺が思うに、簡単に人を殺す力は「持ってはいけない力」である。ということは作者が伝えたかったことのひとつじゃないだろうか?
【mokekeさん】
無期といいながら無期ではない無期懲役に関してはいつもmokekeさんと同じように懲役500年とかにしてやれ!とか思いますね。
ただ、死刑囚であれば、そんな大罪を犯した人間を我々の税金でいつまでも養う(雨露しのぎ食事を与える)必要もないのかなあとも思います。
いずれ成長するにつけ世の中の暗部を目にしていくのだからせめてマンガの中では夢や正義にあふれててもいいのかなあって思いますね。ドリムノートはそういう意味で使い方を考えるのが本当に楽しかった思い出があります。
【あるてぃさん】
いや、同感です。
人を殺めるのはタブーだと思いますが、唯一、復讐や敵打ちであれば肯定してもいいのではないかと思います。俺だって子供を奪われたら一生かけて仇をうちそうですから。
少年バトルマンガで死を扱うのは本当に必要なのかは難しいところですね。以前、石坂先生の「B.B」では主人公が過失で人を殺しましたが、やはり背負った十字架は大きく影を落としましたが、その苦悩をしっかり描いてました。そこまで描けるなら死にも意味があると思うのですが、デスノートの殺し方って手ごたえも感覚もない軽すぎる殺人だなあって思います。
まあ主人公が報いを受けたのは良かったですが、あれだけ人を殺していながらあっという間に死んでおしまいってのはなんとも物足りない感じをもしました。
後悔はなく、死への恐怖も一瞬でしたし。
【すしバーさん】
少年に世の1つの真実である「ピカレスク」を見せ付けたというのであればそれは意味があると思うのですが、個人的には月が自分の行った行動への悔恨がなかったことがやや気持ち悪かったです。
「仮面ライダー」でいえば怪人がいるんだけど、ライダーキックではなくほかの怪人にやられて終了みたいな消化不良を感じてます。少年漫画ならそこまで描ききっても良いのではないかと。
というか少年マンガだから違和感感じてるのかもしれませんが。
すしバーさんが感じた『簡単に人を殺す力は「持ってはいけない力」』っていうのはありでしすね。それがテーマのひとつかもしれません。
そのあたりをうまく少年達が受け止めてくれるといいなあと思います。

好きな人も嫌いな人もここまで語らせるのを凄いですよね
 なるほど。
 この作品って僕はなんとなくモヤモヤして見てたんですが、さすがマンガー氏。お説を読んで納得しました。
 たぶん僕もドリムノートを望んでいたのかもしれません。
 なんか、今は難解なストーリーが流行だからって安直に(←僕にはそう感じられた)ソッチ方面に流れちゃったのはすこしもったいない気がします。
 たしかにジャンプだって商売である以上は、オトナ世界の思惑が入っちゃうのはどうしようもないんだろうけれど……
 マンガー氏のおっしゃるとおり、子どもには一度はキチンと正義を知ってもらいたいですよね。
 いずれわかるとはいえね。
 一度は本気で夢を見てほしい。
 大昔は文学がその役目をしていたし、やがて手塚治虫などの漫画になり、そしてテレビのヒーロー番組になった。
 こう考えると、文学と同じようにマンガの時代も終わっちゃったのかも知れませんね。
 少なくとも僕の時代は少年ジャンプに「正義」を教えてもらったんだけれどな。
 あぁ、僕も歳をとったのかもしれません(笑)。
 ふと、今はなにが「正義」を教えてくれるのかな?
 と考えてみて、ちょっと思いつかないのが寂しいです。
【くろおびさん】
ああ、それはその通りですね。
関心も持ってもらえないような作品でないことは確かですからね。
【ろぷさん】
難解なストーリーブームってのはありますね。
サンデーの「コナン」、マガジンの「金田一少年」に対してこういう推理モノでブレークした作品をジャンプは持ってなかったわけですから、先に編集サイドの戦略ありの作品だったのかもしれませんね。
文学が正義の伝道をしていたってのは面白いですね。いまは本離れしてるからなあ。
3歳の息子がいるのですが、最近のTVのヒーローモノはなかなか正義を示してくれていい感じですよ。「ウルトラマンメビウス」「ボウケンジャー」「仮面ライダーカブト」「セイザーX」等々。とくにウルトラマンや仮面ライダーは俺らの子供の頃のスピリッツを確かに伝えてる気がします。

僕はこの「DEATH NOTE」はほとんど読んでいなかったので、あまり語れないのですが、まずこの作品の人気は、作画の小畑健のネームバリューによる比率も大きいと重います。小畑健はオタク系の間では人気が高いですから。
次に主役の夜神月ですが、この男については、デスノートを与えた当の死神さえ舌を巻くような常軌を逸した人格の持ち主である事が最初に描かれています。故に制作者サイドとしても夜神月を正義の主人公だとは定義していないはずだと思います。
漫画にせよ小説にせよゲームにせよ、「こんなのがあったらいいな、こんなことができたらいいな」という、人間の偽らざる願望の投影というのが基本コンセプトです。デスノートのような他者を苦も無く制圧してしまえる力というのも人間が本音として欲しがるものであり、そして実際にそのような力を手に入れてしまった者は、結局その力を夜神月のような使い方をしてしまう、夜神月のような考え方に陥ってしまうものなのだというメッセージなのではないかと推測します。「人は強力な武力を欲しがる。武力を持ったらそれを使いたくなる」・・・。どことは言わないがどこぞの国にも言ってやりたい。ま、「だからそれを許してはならない」というような、そんなテーマなのではないかと僕は思うのですが・・・。なにせほとんど読んでいないので自説に自信はありません。
あまりのブームだったので1巻から読み始めました。
でも1巻途中で破棄しました、何一つ価値をみいだせなかったのです。
マンガーさんの記事を読んでホッとしました。

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